田中さんが考えていること

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何でもないようなことが幸せだったと思う

家族
田中です。

最近、ふと思ったんです。

何でもないようなことが幸せだった…と。

田中さんの経歴

僕は神戸に生まれ、神戸で育ち、今も神戸で生きています。

恐らくは中の下の家庭に育ち、地元の高校、大学を卒業し、就職後まもなく結婚しました。

その後、阪神大震災がおこり、両親が亡くなり、子供たちが生まれました。


子供たちが小さい頃は、子育てに一生懸命で、いろんな習い事をさせたり、その送り迎えをしたり、勉強を教えたり、塾のテストの結果に一喜一憂したり。

妻が上の子供の付き添い等で自宅にいない時は、下の子供の面倒をみたり、たいしたことではないけれど家事の手伝いをしてみたり。


そして子供たちが大きくなり、大学に入り、そして社会に出ようという時期に差し掛かっています。

約50年の僕の人生の「あらすじ」は以上のとおり。


こまかいことを話せば、当たり前ですがキリがないです。

楽しかったこと、辛かったこと、悲しかったこと、嬉しかったこと。

たくさんありますよね。

なにせ半世紀ですから。


ただ、ここ数年の自分の人生を振り返ると、辛かったり苦しかったりすることの方が多かったように思います。

若い頃は元気もあったし、今から思えば世の中のことがまだよくわかっていなかったこともあったし。

夢や希望があった、ということなのかもしれません。

50歳になった今、思うこと

ところが、50歳に近づくにつれ、世の中の嫌なことに目が向きがちになり、自分の気力体力の衰えも感じだしたり。

これまで「家族」のために歯をくいしばって頑張って働いてきた、その主な対象である子供たちが巣立っていく。

本来であれば喜ばないといけないところが、なにか喪失感のようなものを感じてしまうときがあります。

子供たちは自分の世界がひろがり、自分の世界をもって、家族から自然と巣立っていくわけで、それは自分も経験してきたことなのに。


親子の会話も減り、一緒に行動することもほとんどなくなり。

何か自分だけがポツリと取り残されたような気がして、正直、寂しいなあ。

何でもないようなことが幸せだったと思う

そんな時に、たまたま虎舞竜の「何でもないようなことが幸せだったと思う」というフレーズが思い浮かんだわけです。

youtu.be


ああ、本当だなあ…と。

少し、しんみりしてしまいました。

最後に

歳をとると、どうしても昔を振り返って、あの頃は良かったなあなんて懐かしく思うことが多くなる気がします。

それは仕方のないことなのかも知れませんが、前を向いて残りの人生を楽しんで生きることができればいいなあ、とも最近は思っています。

健康寿命といわれている70歳まで、あと20年ありますから!


今日も田中のブログを読んでくれてありがとうございます。

「何でもないようなことが幸せだったと思う」でした。

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